不安感に襲われたときどう対処すればいいか? 不安症状、

不安は多くの人をつまずかせます。しかも私たちはみな、ときに不安を覚えます。不安はうつをともなうことがよくあり、そわそわ感、どきどき、ひどい気おくれ、心細さ、緊張感、落ち着きのなさ、心配などの特徴があります。不安な人はよく不幸、危険、悲運を予期します。

不安の症状

不安な人は過剰に警戒し、イライラ、そわそわし、依存的です。しゃべりすぎたり、入眠困難もあります。入眠困難とは、眠ろうとベッドに入ってもなかなか眠れないことです。30分~60分以上眠れない場合です。

集中力は欠如し、記憶力も働きません。不安にかられるあまり、動きがとれないかもしれません。

また、不安な人は過剰な発汗、筋肉のはり、緊張、頭痛、声の震え、大きなため息、腹部のどうきひん痛み、吐き気、下痢、胃のあたりがそわそわと落ち着かない感じ、高血圧、動惇、失神、頻尿、インポテンツ、冷感症などが見られます。

不安は精神科領域で扱う問題の原因の大半となっています。これは神経症、精神病、精神生理学的問題の原因です。

それほど危険でも脅威でもない場面やことがらに村して、恐れる理由がないと知りつつ激しく恐れ、これを避けよぅとするもの) の原因です。

自分が許されがたい罪を犯したと思っている人の真の原因となっています。心理学も、不安が正常、異常の両方でおこることがあることを指摘しています。

心理学者は長い間、人が何らかの不安があるときのほうが効率的かつ生産性が高いと言っています。しかし不安が強烈になると、効率もそれにしたがって低下します。強烈な不安は健康ではありません。新約聖書には、「不安」と訳されるギリシャ語が25回ほど出てきます。これは普通否定形のなかで使われ(心配、イライラの音環で)、しかしときには肯定的にも(現実的懸念) 使われます。

不安の原因

不安には多くの原因があります。そのひとつとして無意識の内的な精神的葛藤があげられます。つまり、不安は普通、自分の思考、感情、動機の真実を見つめることへの恐れからおこるものです。

ときとして私たちの心は、現実を押しこめようとします。私たちの心の緊張が、まさに不安なのです。それは(不安な親から) 例を学んだことによるものかもしれないし、子ども時代の葛藤に根を発する、または現在の問題によるものかもしれません。

不安であることに不安なのかもしれません。あるいは劣等感、貧困、病気への恐れなどから来ているのかもしれません。私たちはみな、幼児期に不安をかりたてる経験をしています。

多くの悪い経験に満ちた、極めてストレスの多い幼児期をすごすと、あとで相当不安に苦しむことになります。この不安の多くは、それが表れてきたときに対処されずに、無意識に押しこめられています。ペンフィールドという脳神経外科医が、脳の機能は高音質のハイファイテープレコーダーやCD のようであることを発見したことを述べました。

脳はまるで記憶装置のあるコンピューターのように機能するのです。脳のあるエリアを電極で触ると、本人はときに何か特定の出来事を思い出したり、またそうした出来事に付随している感情を思い出したり、またとくに具体的な出来事を思い出すわけでもないのに、高揚、うつなどの感情を思い出したりします。

この実験結果からペンフィールドは、特定の記憶や感情は記録され、蓄積され、またそれらはそれが実際おこつたときと同じく鮮明に再演されうると結論したのです。これらは現在のストレスによって出てきます。現在、不安をひきおこされるような状況、経験に出会うと、幼児期からの不安にかりたてられます。

それは子ども時代の感情であって、特定の出来事は思い出せないことが多いのです。抑圧された感情が現在の状況にも同じようにあてはまることは実際にはないのですが、そのように過去と現在を重ね合わせてしまうのです。

すると、私たちがなぜ現在の状況に過剰反応してしまうかがよく説明できます。私たちは現在の状況に反応しているのみならず、また同時に子ども時代の抑圧された感情にも反応しているのです。すると現在の状況からの不安は、部分的、無意識に抑圧され、強迫的心配や恐怖症にも貢献しているのかもしれません。

そしてそれが内在化されるとうつになるのです。本人が不安であることに対して不安を感じることによって、または本人が持っている特定の恐怖症や強迫観念に関する不安が出てくれば、あるいはうつ状態であることに対して不安が出てくれば、さらなる不安が生じてくる可能性があります。

不安を少なくするための(聖書が教える)行動パターン

不安を克服するための方法が重要となります。

1.肯定的な考えについて黙想する。
心配症の人によく私たちは「心配するのはよして、リラックスしよう。不安はリラックスのための合図だ。さあ、リラックスしよう」と言って指導しています。そしてこれを何度もくりかえしてもらいます。不安は普通、よりいっそうの不安が募る合図なのですが、しかしこうし0た単純な行動修正によって、脳は不安をリラックスのための合図とするよう条件づけることが16できます。
2.神の意にかなう行為に焦点を当てる。
不安な人に私たちはよく言います。罪を避けること、小さいフェローシップ(仲間)の集まりに参加すること。
3.満足できることに専念する。
自分の満足感を大切にします。
4.貧困の恐れを取り除く。
貧困は不安を招く原因になります。神は私たちが必要とするすべてのものを提供すると約束しています(私たちがほしいものすべてでなく)。
5.神の恩寵が自分とともにあることを知る。
神のめぐみ・いつくしみを信じます。
6.音楽を聞く。
音楽はリラックスに欠かせません。
7.適度な運動をする。
理想的には1回20分、週に3回。適切な運動については医師と相談します。活発な運動は血中にエンドルフィンを放出し、幸福感を増し、エネルギッシュにしてくれます。
8.十分な睡眠をとる。
大半の人は一晩8時間の睡眠を必要とします。眠れない場合はこちら
9.不安をおこす問題、恐れと向き合うために自分でできることをする。
いろいろな方法を変えてみて、解決方法を探り、試みます。
10.週に少なくとも1回は自分の欲求不満について親しい友人に話す。
話すことで開放されます。
11.適切なレクレーションをする。できれば週に2~3回。
脳にも体にもいい影響を与えます。
12.その日1日だけを十分に生きる。
おそらく私たちが不安に思っている、あるいは心配している98% のことは、実際にはおこすべらないでしょう。今日1日を生きる術は、しだいに学びとり、うまくできるようになります。
13.最悪の場合、何がおこりうるか考える。するとそれもそれほどは悪くないことを考えてみる。
先のことを考える
14.ものごとを先のばしにしない。そうするほどに不安が増す。
先延ばしにいいことはない。
多くの人が何かをいつも心配するようにプログラムされています。悪いプログラミングを改善するひとつの方法は、毎日心配に使う時間に制限を設けることです。
多くの人は毎日、四六時中心配しています。心は休まることなく、つらさは続くばかりです。
私たちはこうした人の助けになる簡単な(そして深遠な)方法を見つけました。
たとえば1日夜15分など時間を決めて、自分の問題について考える時間を設けるのです。
そしてその時閣外に問題が心に浮かんできたら、「今は考えてはいけない。あとで決められた時間にゆっくり考えることにしよう。今はそうしてはいけないのだ」と自分に言い聞かせるのです。これをすることで、心配に追い立てられ、そして悪いプログラミングを再強化してうつをひどくする心のエネルギーを自由にしてあげることができます。
こういう人はものごとを何時間も際限なく心配して、時間を無駄にしています。その大半、おそらく九八% は実際けっしておこらないことばかりです。将来のことをあれこれ気にもまずに今日1日を生きるのです。キリストは毎日その日だけでも、わざわざ未来から借りてこなくても十分な心配はあるのだと言っています。
心配は私たちが選びとっているのです。まとめると、私たちは今日1日を生きることが大切なのであり、もし心配が続いて意識に侵入してきたら、1日で決めた時間だけそうすること。そうして自分を規制するのです。そうすれば四六時中、心をわずらわせることがなくなり、心のエネルギーを不安、うつ、否定的思考に費やすことから解放されるでしょう。

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