心が痛みつけられて疲弊する原因

ためこまれた怒りがほぼすべてのうつの根ではあっても、心の痛みに苦しむケースは他にもあります。

たとえば孤独のつらさは、たとえその孤独な人がうつにはならなかったとしても、かなり深刻でしょう。心の痛みには3つのおもな原因があります。

自己肯定感の欠如

ひとつは自己肯定感の欠如、すなわち自尊心が低いことです。たとえば、親は第一子に多大な期待をかける傾向があり、そのためか長子は職業の面では成功していることが多いのですが、本人はそのことを少しも楽しんでいないことが多いのです。

しかも、長子も末っ子も自尊心が低いということが多々あり得ます。たとえば末っ子は、親離れされることがいやでたまらない母親によって甘やかされ、過保護になります。

このような末っ子は10代に少し反抗的になる傾向があります。そしてアルコールや薬物を乱用することで、仲間(ピアグループ)に合わせようとします。

もはや母親には手や口を出してほしくないので、今度は母親のかわりに考えてくれる役割を仲間に求めるのです。自分で考えるのは怖く、自分より自立しているように見える他の10代の子どもたちよりも自分は劣っていると感じ、自尊心が低くなります。しかし自尊心の低さをカバーするために、自分がかなわないと感じるしっかりしている10代の子どもたらを小ばかにしたりします。

自分の低い自尊心は実につらい重荷であり、この怒りが自分に向けられるとうつになります。うつは母を失う新生児から、体が弱って気弱になっている百歳の老人まで、あらゆる年代の人をおそいます。

過剰に厳しい親もまた、子どもの自尊心が低くなる要因になります。子どもは、親は正しく、自分が完壁でないのは自分のせいだと思ってしまうのです。10代、そして大人になると、この誤った罪悪感は怒りが内に向いてうつが出てくるまで大きくなります。

冷たくつき放す母親、受身的であったり、あるいは普段ほとんど家にいない父親を持つ子どももまた自分の正常な依存したいという欲求が満たされなかったために自尊心が低く、うつになりやすいと言えます。

たとえばほとんど身体的刺激を与えられない新生児は、たとえ十分な栄養を与えられていても、衰弱したり死亡したりする場合もあります。たとえそうならなくても、新生児が親との親密な関係を獲得する試みに失敗すると、あきらめて、ひきこもるようになります。

そして、親密になることに恐れを抱き、のちに友人からも何度も拒否されるような状況に身を置くようになります。新生児、幼児期のときに親密になることを恐れるように学んだために、友人に自分を拒否してもらったほうが、彼らを自分の選択で遠ざけているのだという事実に気づくよりも痛みが少なくてすむのです。

このような、友人のいない内向的性格は、自己評価も低く、うつにかかりやすくなります。フロイドの過去の心的外傷や生物学的要因を重視する立場と対照的に、劣等感を重視した) は、「劣等感」という言葉を作った人です。

彼と彼の支持者らはうつの原因の理解に大きく貢献していますが、自己評価の欠如が、人間の感情的痛みの主たる原因であることは疑いもありません。

2.他者との親密さの欠如

2番目の原因は、他者との親密さの欠如、孤独感です。神は人間が互いを必要とし合うように我々を作りました。親密な友情を築くことは、その報酬とともにかならずや何らかのトラブルもともないます。

人間は基本的にわがままであり、親密な友人でさえもたまには、互いに気に障り合うものです。でもたまに友人と衝突することは、一貫した絶え間ない孤独の痛みよりはるかにましです。

孤独はうつと同じように、私たちが自分で選択した結果なのです。要するに、私たちがいつのまにか選びとってしまっているのです。孤独を味わう人は、「必要な努力をしない」ことを選んでいるのです。

彼らの心は親密になることに対する恐れに支配されてしまっており、本当は孤独を味わわなくてもいいことにまったく気づいていません。この症候群を持つ人は表面的な友人を作ることで孤独感を補おうとしますが、もっとも深い感情を分かち合う親密な友人は一人もいません。

孤独な人の多くは、他人は自分と近づきになりたくないのだと思っています。しかし現実には、彼らが自分で、他者と親密になることを拒否しているのです。でも自分自身の無責任さに気づきたくないために、人を責めるのです。この防御メカニズムは「投影」と呼ばれます。

なぜなら彼らは自分自身の拒否行為を他人に、まるで写真スライドのプロジュクターが、スライドそのものをスクリーンに写すかのように、他人に投影するからです。

他者との親密さの欠如こそが、感情的痛みの原因であることを見出しました。孤独はうつとは同義語ではないにしても、たしかに人をうつに陥れる要因になります。

孤独な人は自分を拒否すると思っている人(実際はしていなくても) に恨みをためこむか、または「拒否される人間」である自分を恨めしく思っています。もしかしたら配偶者や唯一の親友との死別を体験して、神に対して相当の恨みを抱いているかもしれません。そうして鬱積された恨みはすべて、うつをひきおこす原因になるのです。

3.神との親密さの欠如

感情的痛みの3つめの原因は、神との親密さの欠如です。人間はだれでも、内面の深い部分で神との関係を持つことでしか満たすことのできない空虚さを持っています。

キリストの使徒パウロは、神が自然の美しさを使って人間に創造主との関係に気づかせようとしていると言っています。あらゆる宗教的背景を持っていますが、しかし2~3回セッションをすると、ほとんどの患者がそれぞれの患者の言葉で、たとえば自分自身の罪深い状況や、清浄になりたい願望など、何らかの宗教的な問題を持ち出します。心の痛みには主として3つの原因があります。

  1. 自己肯定感の欠如
  2. 他者との親密さの欠如
  3. 神との親密さの欠如

こうした痛みの原因のいずれかにとらわれてしまうと、恨みの感情を蓄積することになり、そして結局はうつにつながっていきます。こうした原因によって育てられた痛みをいかに癒すかが大事なポイントです。

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