こうして人とミトコンドリアとの共生が始まったのですが、どうしても欠かせない酸素の処理は決して容易なことではありません。酸素の生き物を酸化させて、死にいたらしめてしまう超猛毒を安全なエネルギーに代えるためには、かなり高度で複雑な技術が要求されます。いったいどう処理しているのでしょう?
ポイントは、水素と結びつくことで水に変化する酸素の性質です。酸素を水素と結合させて、水に変化させてしまえば、もはや酸化の害の心配はありません。つまり、ミトコンドリアは、細胞に運ばれてきた食べ物の栄養素を細かく分解していって「水素」を取り出し、酸素と結合させて無毒化させていたのです。食べ物の栄養素から「水素」を取り出すことにピンとこないかもしれませんが、この世の生き物は基本的に「水素・酸素・炭素・窒素」の4つの元素を材料にして体を作っています。
つまり、この世のどんな食べ物にも必ず「水素」は含まれているのです。たとえば、炭水化物は小腸でブドウ糖に分解されますが、ブドウ糖は、炭素・酸素・水素からできています。ちゃんと水素が含まれていますが、小腸などの消化管で分解できるのは分子レベルまでであり、これをさらに細かい元素レベルにまで分解することはできません。
そこから水素を取り出すのは、非常に困難です。そのため、ミトコンドリアを取り込む以前の原始細胞は、この難しい仕事には一切タッチせず、もっとシンプルに、摂取した有機物(ブドウ糖)を分解することで活動エネルギーに変えていました。この糖からエネルギーを生み出す行程は「解糖系」と呼ばれ、いまでも私たちの細胞のひひとつひとつに備わっています。解糖系工場で作られるエネルギーは、糖が分割される際に出るもので、それほどの量はありません。せいぜい細胞分裂できるくらいの量です。すぐにエネルギーが生み出せますから、瞬発力が必要な場面ではこのエネルギーが有効ですが、長期的に使い続けると体の各部に負担がかかり、故障(病気になるということ)が生じやすくなります。進化して大型化した生物が、ダイナミックな活動を維持するだけの大きなエネルギーを得るには、「ミトコンドリア工場」をフル稼働させる必要があるのです。
では、ミトコンドリア工場は、どうやってエネルギーを作っているのでしょうか?